あかまんま
移ろう季節と心 写真 花 
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天目茶碗
  美術館

  美術館に行ってきました。
  
  周りの景色は 木々がほんのりと色づき 秋到来の様子

  イチョウは 実を落とし 色づきを深めていくでしょう。

  銀杏

  これは別のところで撮った 落ちた銀杏の実です。

  余談ですが 公園で拾った銀杏を 生活の足しにしている人がいるとか!

  あの臭いさえなければ 私も自分用に少し・・と思ったことです (#^.^#)


 さて美術館への目的は

  天目茶碗

  曜変天目茶碗 です。


  感動して観賞してまいりました。

  世界に3点しかないと言われる 茶碗だそうです。

  暗い館内で 小さなLEDライトに照らされた 小ぶりの茶碗を見た時

  体の何処かが震えるのを 感じました。

    青 ? 藍 ? 紺 ?

  これは見ないと わからないかも

  ↑の 曜変天目茶碗  クリックすると  

  黄色のここがポイントの フリップが付いた茶碗の写真が出てきます。

  四角や丸 点を クリックして見所を 知るのも楽しいです。

  
  中国の南宋の建窯(中国福建省建陽市)で焼かれた茶碗。

  家康から 水戸の徳川家に譲られ 大阪の藤田美術館に収蔵されました。

  どのような経路で 日本に来たのか? 家康はどのようにして・・・

  
  小さな躙り口から 四畳半の茶室に入り この茶碗と対面した茶人たちは

  きっとそこに宇宙を見ただろうと 勝手に想像してしまいます。 (#^.^#)


  良いものを見て来ました。  目の保養  心の栄養 (^_-)-☆  


  
藤田美術館

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大宰府政庁
      

『大宰府』 と 『大宰府天満宮』 

   福岡は これといって 観光の目玉がありません。

   県外、九州外の お客様を ご案内するには 「大宰府天満宮」です。

   学問の神様として 東京の湯島天神、京都の北野天満宮にも

   祀られている 菅原道真の廟所でもあります。

   初詣、受験の季節はもとより 最近は直ぐ近くに 

   「九州国立博物館」が開館し 年間700万人を越える参拝者が訪れます。


 大宰府 これは地名です。

   歴史を遡る事 6世紀初頭 『日本書紀』に現される

   『筑紫造磐井の乱』を 収めるべく 大和朝廷がのりだします。

   その後 北部九州の治安と 大陸からの侵略に備え護衛の為に 

   役所を設置したのが 大宰府の始まりです。

 
   当時 貿易港として栄えた那ノ津(博多)は 守備には地の利が悪く

   山の端が 両側にせり出した 当地に 大宰府政庁が造営されたのです。

   敵の侵入を防ぐ為 山と山の間に土堤を築いたのが 『水城 』です。

   水城の遺跡は 道路や鉄道で 所々寸断されていますが現存しています。


   その後 平安から鎌倉へ時代は 武士社会へと変わり 

   大宰府の役目も終わりを告げます。 

   建物は朽ち果て 大宰府政庁跡は 『都府楼遺跡』として 

   礎石のレプリカを配置し その栄華の跡を 静かに物語っています。

 
   イラストは 「都府楼遺跡」と復元図を マウスでお絵かきしました!

   『九州国立博物館』には 大宰府政庁のミニチュアがあるそうです。

   福岡にお越しの節は ユニークな建物の「博物館」 「天満宮」 

   「都府楼跡」などを巡り 万葉の香りを感じて欲しいものです。


   そうそう [ 福岡と万葉 ] これも又 語りたいですね! 



太宰府天満宮

九州国立博物館

下の地図中央に 緑が延びているのが 水城の土堤です。

右へクリックしていくと 都府楼跡、天満宮、博物館へと続きます。




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ほうじょうや(放生会)

    放生会

 博多では 『梨も柿も ほうじょうや』 と言う言葉があります。

 ほうじょうや=放生会 の事です。

 全国あちこちの 神社、仏閣で 放生の行事が行われていますが、

 博多では ドンタク、山笠と並び 博多三大祭りの一つです。

 9月12日~18日迄 東区『筥崎八幡宮』で催されます。

 初日の今日は 雨模様ですが ほうじょうやに雨はつきもの!

 参道の両側には ズラリ露店が並び 綿あめ、風船、植木市、

 陶器市、お化け屋敷、等 お祭りのアイテム満載です。

 

 博多の ほうじょうやと言えば  『チャンポン』 (食べ物と違うよ)

 切手 「ビードロを吹く女」にも描かれたビードロの事です。

 ↑ の下手なイラストに 描いてみました。丸い底は薄い膜になっていて

 管の先を吹くと ペッポン、ピッポン、と音が鳴ります。

 販売数が少なく なかなか手に入りません。 作者も少ないです。

 

 イラストに描けませんでしたが「博多おはじき」も有名です。

 人形師が 手慰みに 人形作りの残った土で作った「おはじき」です。

 

 それと忘れてならないのが 「新生姜」です。

 茎と葉をつけたままの 生姜、 スライスして砂糖漬けにした 生姜。

 縁起物でしょうか? 何故かほうじょうやには 生姜 なのです。

 

 記事を書いてる内に 雨があがりました。

 露店から漂う 匂いと煙、呼び声、祭りの喧騒が目に浮かびます。

 (幼稚なイラスト申し訳ない! 写真がおじゃらぬ!許してたも!)

  




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シュガーロード
シュガーロードを御存知ですか?


  関東の方は「ひよ子」と言うお菓子をご存知ですよね。

  「ひよ子」発祥の地が福岡、飯塚だと知っていましたか?

  内陸部でお菓子が作られたのには訳があります。

  シュガーロードのお陰です。

  江戸時代の長崎から北九州の小倉までの幹線道路、長崎街道の別名です。

  鎖国時代日本唯一の貿易港だった長崎からいろんな舶来品が江戸に運ばれました。

  象や孔雀等珍しい物 海外の情報、文化も 此処長崎街道を通って行きました。

  シーボルト、勝海舟も オランダ人ポルトガル人も通りました。

  そして一緒に 砂糖が伝えられたのです。



  長崎のカステラ、諫早のおこし、小城の羊羹、佐賀マルボーロ

  飯塚ひよこ 千鳥饅頭 直方成金饅頭 小倉栗饅頭 等々地図を見ると一目瞭然

  長崎街道の宿場沿いに 発祥しています。

  
  これより東にも 昔からの菓子伝承の話がいろいろあるでしょうね。

  スイーツ全盛時代 お菓子のルーツを知るのも いいかも!

  
福岡と博多
福岡と博多

今や 博多 という地名は全国区であると思っていますが 

他県特に東日本では 博多=福岡と思ってる人が多いのでは

博多と福岡 ミニ知識 始めます。


博多

古代から那の津(博多湾)沿いに開けた集落を 

ハカタ と言っていました。

海岸線が鳥の羽の形に似ている事から 

「羽形」→「はかた」→「博多」となったと言う説

土地博く(ひろく)人、物多し」と言う意味から

「博多」と言う説があります。

那の津は 大陸貿易の玄関口として栄え 

「饂飩、茶、蕎麦、饅頭」などの 発祥の地だと言われています。

その後 元寇の乱、戦国時代 度々戦火に見舞われましたが

秀吉が 黒田如水、石田三成等に 町の復興を命じました。

この時現在迄続く「山笠」にも残っている

重要な「流れ」と言われる町割りが出来ました。


福岡

1601年 黒田如水の子 長政が町の西方に城を構え

「福岡城」と名付けます。

如水の古里 備前国邑久郡福岡村

(現 岡山県瀬戸内市長船町福岡) 

から名付けたと言われています。

現在の 大濠公園は福岡城の濠跡だそうです。



詳しい地図で見る

江戸時代  ↑の地図中央部に見えるのが那珂川 

九州一の歓楽街 中州を生み出した川ですが 

これを境に 左西片が  城下町 福岡

右東方に 商人町 博多 が出来上がりました。 


明治になり 両方合わせての市制となり 福岡にするか?

博多にするか?市議会は大荒れ 議長採決で「福岡」となり・・ 

陸の玄関口JRは 博多駅で 空の玄関口は 福岡空港 

市名は福岡、、、、なのに「博多」が全国区なのは 

長い歴史のある地名だからでしょうね。


今は混然一体ですが 私の小さい頃 もう50年程前まで

言葉も 福岡弁 博多弁があったし 町の趣も違っていた。  

「福博の街は大賑わい」等と言う言葉が

普通に使われている不思議な 博多湾に沿って

天神(福岡)から呉服町(博多)迄を「福博」と言います。
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